柔道の父、体育の父 嘉納治五郎(近藤隆夫著)を読みました。

こんにちは、よしくんです。

先日、柔道の父、体育の父 嘉納治五郎(近藤隆夫著)を読みました。

オリンピックの正式種目である柔道、柔道の創始者、嘉納治五郎、どのような人間性であったかを知るには最適な本です。

気づきとして

  • 嘉納治五郎はいじめられっ子であった・・・・嘉納治五郎は成績はよかったが、体も小さく腕力もなかったため、いじめられていた。柔道の創始者としては信じられませんでした。弱い治五郎が生き抜くために格闘技を身につけるのは必須だったのかもしれません
  • 嘉納治五郎は強くなるために柔術を始めた・・・・当時は、柔術は世間であまり認められていなかったそうです。 しかし、治五郎は強くなりたかったため、必死で柔術を学びました。その結果、自分を守る技術を身に着けました。
  • 嘉納治五郎は、教師として、学習院大学や中学校校長に就任して、学業だけでなく、柔道の普及に努めた。・・・・治五郎は学業のみでなく、体育や柔道の普及も重要だと主張して教育を実施した。ヨーロッパに研修に行った際に、学校でのスポーツの取り組みを見た結果、体育の必要性を理解した。当時、体育の必要性を主張したのは、治五郎以外いなかった。治五郎は将来を見通す目もあった。
  • 嘉納治五郎は、始めてのIOC委員となり、オリンピック初の日本人選手の派遣に貢献した。・・・・オリンピックに日本人を派遣することに当時は資金的にも苦労したが、強力を仰ぎ実現した。現在のオリンピック誘致も治五郎の影響があったかもしれない。

よしくんまとめ

  1. 嘉納治五郎は、自分が強くなるために柔術を始めた
  2. 自分が強くなる中で、学問だけでなく、身体を強くなる必要性が理解できた。
  3. オリンピックの誘致や選手派遣に対して、多大な貢献をした。

以上です。ありがとうございました。

柔道の父、体育の父 嘉納治五郎 (1964年東京オリンピック物語)